Far North Publishers Meeting

YYY PRESS

何じょう物じゃ
花代

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版元より:

YYY PRESSの事務所と、FUJITAと共同運営するオルタナティブスペース・STUDIO STAFF ONLYは、2014年から2022年まで神宮前の国立競技場の裏手にあった。すぐそばの神宮外苑の杜は格好の散歩場所で、しばらくは平和に過ごしていたのだが、東京五輪が決まり、ざわざわとし始めた周辺はじわりと浸食された。

まずは明治公園が閉鎖され、目の前の団地からは人が追い出され、解体が始まり、事務所は震度2くらいの揺れに毎日悩まされ、壮大な工事を屋上から眺める日々が続いた。大きなものになすすべなく巻き込まれていく感覚が消えなかった。

そんな時期に、アーティストの花代さんとそこで展示をして本をつくることになった。彼女がテーマとしたのは、神宮外苑の杜に江戸時代から代替わりをしながら存在する「何じょう物じゃ(あんにゃもんにゃ)」の木。正体不明、の意である。

私たちは否応なくわからないものに巻き込まれてしまう。そのわからなさをわからないまま自分たちなりに刻印する行為としての、展示や本になった。(米山)

藤田

小さくてとても奇妙な本。見知らぬ家の蔵の中をのぞいているような。虚構と現実を揺蕩う物語は、注意深く配置された小さな写真の連続で表現されている。

この本の制作には自分も編集・協力として参加している。何度か米山氏とともに花代氏のアトリエに通い、膨大なプリントを見せてもらいながら本のテーマに合いそうな作品を選んでいった。選ぶといっても基準があるようで無い。これはどう?いいかもね、みたいな、でも続けていくと共通の感覚がうっすら生まれてくる。

文脈から一度切り離され、集められた写真に再び物語を与える作家の力がすごいと思うが、それを受け入れられる余白を設計した、というのがこの本のデザインの肝なのだろう。

あと表紙のルビの「HANA YO」というのがヒップホップみたいで愉快。

川崎

花代さんは行きたい場所へ行き、会いたい人に会う。以前青旗での展示で来福してくれた際、初日在廊してくれるかと思っていたところ、二日市にいい温泉があると言ってそのまま去ってしまった。数時間後、閉店間際に店に戻ってきたにもかかわらず、場を明るくしてしまう不思議な人だった。

この本は、2018年当時、東京五輪に向けて再開発が進む神宮外苑をきっかけにつくられたものではあるものの、多くの写真はそれとは無縁の景色が並ぶ。写真の掲載サイズがばらばらで不揃いのレイアウトや、脆いボール紙のような表紙など、刹那的なひと夏の写真日記のようであるが、「神宮に神はいるのか」(本書より)の一文が写真の印象を変えている。

写真が言葉によっていかなる文脈にも繋がってしまう強さ、脆さを感じてしまい、アンネ・ジーネ(Anne Geene)の作品集『Dictionary』を思い出した。

白石

文庫本より少し小さい、ポケットに入れてどこにでも持ち運べる大きさの本。幽霊の視点がそのまま表出したような写真で、構成も人の意識とは少し距離があるような印象がある。作家の名前が冠されているが、独立して命が吹き込まれて、「何じょう物じゃ」というものがいまここに存在しているように感じる。